学び舎 ~Manabiya~

日々驕らずに、日々学ぶ

優しさの距離感

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「優しさ」ってなんでしょう?

困っていたら声をかけるのがやさしさ?
それって本当に相手のこと考えてる?
短期的に見たらそれでいいかもしれないけど、この先どうするの?

困っている人を見たら助けなさいってよく言うけど、「助けること」=「その時に手を差し伸べること」とは限らない。


じゃあ声を掛けないのがやさしさ?
それって相手に伝わる?
伝わらない優しさは「優しさ」とは呼ばないんじゃない?



「優しさ」は分類するとこうなります。

①手を貸す優しさ
②突き放す優しさ



ただ、受け手側からすると

①思考停止型・短期的に楽
②自立促進型・長期的に楽


とも言える。


困っているから手を差し伸べるって、いわば近道を教えることです。
差し伸べる側はすでに通った道だから、道路事情がわかっています。

が、受け手側からすると、その時はものすごく救われた気になります。
なぜなら「走らなくてもいい道を走らずに済んだ」からです。

いろんな道を走ってみたから結果的に「近道」を見つけられたんです。
近道しか知らなかったら、それは近道とは言いません。

違う例を挙げると、
移動と旅ってどっちも「A地点からB地点に行くこと」には変わりはないですよね?
この2つの決定的な違いは、そこに「回り道」があるかどうかです。


行こうとしてた有名なお寿司屋さんが休業日だったけど、その隣のうどん屋さんがめちゃめちゃおいしかった
とか
GoogleMapもカーナビも使わずに走ってたら、ガイドブックにも載っていない素敵なビーチを見つけた
とか

こういうことって近道ばかりの最短距離で走ってたらできない体験ですよね? 回り道もセットで旅なんです。

旅行って後で思い返してみると予期しないこと、想定外のことの方が覚えているものです。
もっと言うと、敷かれたレールを走ることは旅とは言わないと思います。


つまり、何が言いたいかというと

「手を貸す優しさ」
・短期的に見て楽ができるが
・なぜそうなるかがわからず
・問題が起きたときに相手の頭で考えているため
・思考停止型に陥りやすい

一方で

「突き放す優しさ」
・短期的に見て楽はできないが
・なぜそうなるかという自分のアタマで考える癖ができ
・自立促進型の思考軸を持てるため
・長期的に見て楽ができる(定着する)


ということです。

よく、「バファリンの半分は優しさでできている」と言いますが、

これも
「薬でどうにかするからゆっくり休んでていいよ~」
っていう意味と
「半分は薬の効果があるけど、残り半分は自力でどうにかしなさい」
っていう優しさの表裏の意味があります。



では結局、優しさって何か?
優しさって「温度」だと思うんです。
離れすぎると寒いし、近すぎると熱い。

そして、熱すぎたり寒すぎたりすると、それは「自己満足だ!」とか「エゴだ!」とか言われます。

「手を貸す優しさ」は瞬時に暖まります。でも、その暖かみはその場限りで長続きしません。

一方「突き放す優しさ」は今は寒いと思っても、長期的に見て本人のためになります。
つまり、将来的にじんわりとその暖かみを感じるもので、言ってみればタイマー式のホカロンみたいなものです。


今暖かくなるか、後で暖かくなるかの違いです。
そして、温度の持続力が異なります。

人は「じゃあちょうどいい場所ってどこなんだろう?」とベストポジションを探し求めます。

そして、「どうしたら寒くないかな?」「どこに置けば適温かな?」と誰かのために考えている時間こそが「優しさ」なのではないでしょうか。

今、このブログを読んでいる方で誰かのことを思い浮かべて考えている人がいたとしたら、 その「あーだこーだ考えていること」自体がすでに優しさなのではないでしょうか。